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わくわくケビンのここだけの話
わくわくケビンのここだけの話

2015年5月号
変化に富んだこの時代 ただただ幸せを分かち合いましょう

NPO法人JOYヒーリングの会理事長・ヒーラー
中西研二(ケビン)

桜の咲く時期に、人生の「旅立ち」を思う

一年中で最もワクワクする季節と言えば、ちょうど今ごろか、少し前の辺りかもしれません。今年もおかげさまでたくさんの桜を見ました。名古屋会場近くに咲いた早咲きの桜を皮切りに、各地を回るたびに淡いピンクの花びらの舞を堪能させていただきました。長年全国を巡らせていただいて、全国の美味しい食物をご馳走になれる恩恵もありがたいですが、大好きな桜の花を、ほぼ全国規模で「追っかけ」ができる喜びは、私の中で秘かな優越感になっています。

ところで、このところ、地震や噴火の預言が飛び交っているようです。確かに、全世界規模で起きている天変地異のニュースを見ていると、次は自分が巻き込まれるのではないかと思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれません。

しかし、考えてみてください。私たちは誰もが何も持たずに生まれてきます。そしてどんなに栄光を極めようと、何も持たずに冥土に旅立ちます。生まれてくるほうは、ある程度予想がつきますが、死ぬときなんて誰も知りません。しかも誰もが同じ法則の中にいます。それは、

「生まれてきたら、必ずこの世を去る日が来る」

ということです。あなたの命は永遠ですが、この世は有限です。つまり期限付きで体験しに来ている旅人なのです。いつかは必ず死にます。否、旅立つ日がやってきます。老衰だろうと病死だろうと、あるいは大災害に巻き込まれて亡くなろうと、「旅立ち」には変わりありません。

 

先が読めないからこそ、人生の体験は面白い

先日、山梨会場の企画で、小高い丘陵にある「曽根丘陵公園」に行ってきました。ちょうど桜が葉桜になりかけていたのですが、桃の花で一面ピンクの絨毯(じゅうたん)が敷き詰められたような美しい景色に、一同大満足。

四世紀後半に造られたと言われている東日本最大の前方後円墳の上に登って、春の野を満喫させていただきました。

その折りのことです。その公園の中には、私たちと同じように桃の花を見に来ている人々も多くいる中に、大勢の幼稚園児の集団に出会いました。女の子は赤、男の子は青のユニホームに身を包んだ森の妖精たちに眼を細めて眺めていました。妖精たちは、ブランコや綱でできたジャングルジムのようなものなど、さまざまな遊びに夢中でした。中でも人気は、斜面を利用して作られた広い滑り台でした。大歓声を上げて、下まで一気に滑り降りてはまた登って。そこに中学生の集団が加わって、5〜6人が手をつないで滑ったり、縦に連なって降りたり、何度もしていました。

そのとき、ふと人生を重ねてみました。滑り台のようにあっという間の体験を何度も何度も繰り返してきたのかもしれません。大きな古墳とは、私たちの先祖が眠っている所なのかもしれません。支配者なのか奴隷だったのかはわかりませんが、いずれにせよ、人生の先輩たちが体験した証(あかし)であることには間違いありません。だとするならば、何が起こるかわからないところに人生の体験の醍醐(だいごみ)味があります。なにがあろうと、全てはきっとうまくいっているのです。ワクワクして今を楽しんでいることが一番です。

不安、心配、恐怖は、これから起きることを勝手に予測して生じるものです。いくら考えても仕方ありません。もし、考えてわかることなら、なぜ競馬や競輪に熱中するのでしょう。わからないから面白いのでしょう? 先の見えた人生なんて、こんなつまらないものはありません。

 

体験はただ「粛々と」

第二次世界大戦で日本が敗れて70年という時が流れました。私は昭和23年生まれですから、直接、戦争を知りません。しかし、物心がついてからでも戦争の傷跡は残っていました。東京生まれにとって遊び場は野や山ではありませんでした。路地裏のちょっとしたスペースや、空襲で焼け落ちて放置されたままの廃墟が、都会っ子の最高の遊び場だったのです。

ある日のことでした。父がまだ幼かった私を、崩れかけた建物のある原っぱに連れて行きました。そこでこう言ったのです。

「父さんたちは本当に愚かなことをした。お前たちには二度と繰り返してはならない。この原っぱを目に焼きつけなさい。そして戦場の悲惨さを忘れずに。お前はこの原っぱの持ち主なら何を作るかな? 人生は何を心に描くかで違ってくるんだよ」

今でもこの光景を思い出します。

明日のことを思い煩っているのなら、今日の一瞬一瞬を楽しむことです。過去を知れば知るほど、今ほど恵まれた世界はありません。わずか70年前は、家族も財産も、夢も希望も全て失って途方に暮れていた多くの日本人。戦地から帰って、愛する家族が空襲で死亡したのを知り、絶望し、街をさ迷った人も大勢いたのです。もちろん、食べるものも寝るところもなく、涙も涸れてしまっていました。そこから立ち上がって、日本は復興してきました。その事に思いを馳せたら、怖いものなどないはずです。私たち先祖が、苦労して今の世界を築いてきました。その上に立って生活できる私たちは、どれだけ幸せかわかりません。感謝しても感謝しても、感謝しきれるものではありません。大地震が来ようと何だろうと、いいじゃないですか。それも体験です。創造主が味わわせてくださる体験です。ただただ「粛々と」体験すればいいのです。喜怒哀楽のすべてを味わいながら。

 

あなたとの出会いに感謝して

私は幸せ者です。こんな変化に富んだ時代に生まれ、愛らしい家族がいて、全国にたくさんの仲間がいて、大好きな仕事に出合えて。この幸せを生きとし生けるすべての人と分かち合っていこうと思います。あなとの出会いに感謝して。

(合掌)

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