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相根昭典氏×中西研二 天然素材の住宅で日本の森林と人の健康を守る

「私たちはこの地球に生まれ、住まわせていただき、どう生きるかを問われている」とホームページで発信する相根さん。その実践として日本の森で育った無垢の木材で天然住宅をつくり、エコビレッジの実現で日本の森林を守り、心身の健康的な生活、本来の人間らしい生き方を推進されています。天然住宅とは、エコビレッジとはどのようなものなのか、お話を伺いました。

天然素材の住宅で日本の森林と人の健康を守る

相根昭典氏×中西研二

相根昭典(さがね・あきのり)●1954年生まれ、一級建築士。
(株)アンビエックス代表取締役、中間法人 天然住宅代表理事。
「健康住宅」の先駆者としてTV、新聞、雑誌などマスコミに数多く登場する。
安全な素材にこだわり、独自に研究・開発を行い、化学物質 を極限まで使わない健康住宅を提供。循環型社会を現実にするエコヴィレッジを展開中。大地を守る会、青山環境デザイン研究所などの講師を務め、全国で健康 住宅セミナーの開催、学会での講演など活動は多岐にわたる。
著書に『健康な住まいを手に入れる本』(共著・コモンズ発行)等がある。
健康住宅アンビエックス
天然住宅

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。ヒーラー。ワンネスディクシャインストラクター。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来15年間で18万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』(共にVOICE刊)がある。

山と共生するには

中西 15年ぐらい前に初めてお会いしたときに、シックハウスなど化学物質汚染の住宅に危機感を持たれて健康によい住宅づくりに取り組んでいらっしゃいましたが、その後もずっと続けられていたのですね。

相根 もう20年ぐらいになります。地球と調和させていただける資源循環型の建物をつくろうということで始めました。もともと私が始めたアンビエックスという会社は「暮らしづくり」ということが発端でしたから、住宅づくりでノウハウを蓄積し、「集合体と住宅と町づくり」を一緒にしたエコビレッジのプロジェクトを始めたのです。これはもう10年ほどになります。だから初めてお会いしたときよりかなり進化しています(笑)。

中西 先日、ある会で「天然住宅プロジェクト」を立ち上げたという講演をされていて、その中で、日本の山があと5年でダメになるというショッキングなお話しをされていましたが…。

相根 建築業界の人は日本の山の木を使わないんですね。今までは東南アジアの木材を伐採し尽くして森林をダメにしてしまったのです。しかも現地で防腐剤や防虫剤、防カビ剤などを使用するのですが、現地の人は無防備で作業しますから環境汚染まで引き起こしてしまって…。で、今はロシア材に向いているのです。ロシアは世界一木材の豊富な国ですが、森林の下が永久凍土ですから伐採することで直射日光が当たりそれが溶け始めているのです。溶けた水は初めは小さな水たまりですがどんどん大きくなり湖になってしまいます。そうしてできた湖が今は何百とあり、さらにその下に埋蔵量世界一のメタンガスがあります。メタンガスは温暖効果がCO2の20倍高いですから、それがボコボコ出始めると地球の環境は壊滅的になります。そういう状況を無視して日本は、今ロシア材の輸入を始めているのです。

中西 日本の木材では足りないんですか?

相根昭典氏

相根 用材にできるかどうかの問題もあるのですが、数字的には使用量と同じくらい日本の森林は成長していますから帳尻は合います。しかも私たちの建物は耐用年数300年でつくっていますから、100年で育った木を使っても200年余裕があります。

しかし、肝心の日本の林業が疲弊していて、林産地で黒字の所は現在一カ所もありません。林野庁に話に行っても役人が諦めてしまっていて、「ほじくらないで…」と。林産地に行ってみても村の人が「このままではどうにもならない」とこちらも諦めてしまっているんですよ。

そんな状況ですから後継者がいるはずもなく、どんどん高齢化して今は50代で若手と言われているのです。だからあと10年もするとその人たちが60代になり、その上の70〜80代ではもう山の仕事をするのは無理ですね。彼らは山の特性を知っていたり、木をどう切ったらいいのか、地域によって植生が違うし、手入れの仕方も違う。山菜やキノコがどこに生えているか、どういう具合に採ればいいのか、そういう知恵が途絶えてしまいます。

このまま放置してあと5年何も手を打たなかったら、多分間に合わないと思いますよ。この5年で山と共生できる何らかのしかけ、、、をつくらなければ…。

林業が衰退すれば国が滅びる

中西 何か知恵があるんですか?

相根 そこでわれわれは山と首都圏をつないでマーケットをつくろうということで天然住宅というプロジェクトを始めました。山に工場をつくり、山で職人を育成するのです。1200年の伝統工法を取り入れて7割以上を山でつくることで合理化し、耐用年数300年の住宅を3カ月で仕上げてコストダウンを図るのです。

中西 それは地方の活性化にもなりますね。

相根 成功すれば活性化につながります。ところが現状は60歳以上が半数以上になると限界集落といいますが、このまま林業が衰退すればそのレベルではなく、まもなく崩壊集落になってしまうでしょう。そうなると地方が死んでしまいます。そうなると国も死んでしまいますからね。

山が健康なら腐葉土とか微生物が川に流され、それが海に行ってその栄養分が海産物を育てるのですが、山が荒れてしまうとその循環も消えてしまうわけです。土砂崩れがあちこちで起き、もういっぱいいっぱいです。待ったなしの状況です。

中西 それでも国は何も手を打たない…。

相根 林野庁が唯一「ここは成り立っているモデルだ」と自慢しているのが岩手県にあります。しかし、ここも国と県と町が税金をつぎ込んでもやっぱり赤字なんです。ここは集成材しかつくっていないのです。集成材とは小さい木っ端を貼り合わせて柱や梁に使うのですが、これでは接着剤の家しかできません。

プレハブメーカーなどが買い付けに来るんですが、付加価値がないから値切られても何もできない。言い値でしか売れないのです。だから働いている人たちの年収は200万円ぐらいで、専業でやっていたら生活できません。モデルケースと言っている岩手県の場合でもこんな状況です。

ターゲットを変えて方向転換

中西 国産材に対する国の政策がゼロに等しいですね。

相根 私も建築を始めたころは「木材で日本の木の文化を…」と夢を持って始めたのです。いい木を使って、いい加工をし、いい設計をし、いい大工さんによっていい家を…ということでした。

ところが「国産材を使っているぞ」と胸を張りたいところですが、その林産地が病んでいて村の人は泣いているわけですよ。そんなところから仕入れた木材を使って家を建てても「何も循環していないじゃないか」と、自分のやっていることに疑問を持っていやになってしまったのです。

そのようなときに市民団体と行動を共にし、法律をつくり、テレビやラジオ、講演と、「健康な住宅づくり」のための普及に忙しく働いていたのですが、足下を見直してみたら社会はおろか、建築業界もちっとも変わっていないのです。そう思った途端に愕然とし、「何をやっていたんだろう」「エコも何もかも一度やめてみよう」と思ったのです。

中西 エコをやっている人は一生懸命なのですが、ビジネスを無視して職人気質でやっている人が多いのでしょうか。

相根 私もそうでした。独りよがりで「いい物つくるぞ!」と。確かに自然の素材ですから気持ちよくて、ぜんそくやアトピーなど実際に軽くなったりしていますが、でもエコ住宅自体は全然広がっていかないのです。

いくら体にいい家をつくっても多くの人に使ってもらわないと山は再生できません。だから企業として数の論理で多くの人に使ってもらうマーケットをつくらなければならないんです。有機農産物のマーケットも同じです。

国産の食材は0.08パーセントにすぎません。1パーセント効果の論理でいえば、まだまだ相当時間がかかりそうです。

建築業界でいえば、エコ住宅は年間100軒も建っていません。私のところはおかげさまでお客さまに待っていただいている状態でしたが、エコで頑張っていても事務所をたたんだり、エコ住宅をやめてしまったりしているのが現状です。結局、われわれはエコオタクマーケットの中で右往左往していたことに気づいたんです。

小さい世界で自己満足して「社会に発信しているんだぞ!」と言っても社会は何も変わっていなかったのです。そこでマーケットのターゲットを変えようと思ったのです。

多くの人がブランドのハンドバックや腕時計を買うような感覚で、何の問題意識もなくプレハブ住宅を買っているのです。プレハブ住宅ってプラスティックハウスなんですね。自然素材はほとんど使っていなくて、全部毒性の物で処理されているのです。私たちは「プラモデル」っていっているんですが、そういう建物を問題意識もなく、ただ見てくれだけで、「わあ〜新築のいいにおい」と言っていますが、全部毒ガスのにおいなんですよ、あれは…。私たちは「そういうようなものを買う人たちをこちらに振り向かせよう」と方向転換したのです。

普及のために戦略変更

中西研二

中西 エコ住宅は他の住宅とどう違うのですか。

相根 99.9パーセント自然素材ですから、われわれの建物は中に入ると森林浴のような心地良さがあるんですよ。一歩踏み入れた瞬間に「気持ちいい!」って言ってくれるんです。中に入ると元気が出てエネルギーがチャージされるんです。

実際、ぜんそくやアトピーが軽くなったり、ガンが抑えられたりしていますから、そういう人を見ていると「今、自分たちのつくった家で人を救っているんだな」と思うのです。だから、そういうところをもっと訴えて、「エコだ」とか「山が危ない」などと難しいことを言わないで「かわいいから欲しい」と言わせて買ってもらおうというマーケット戦略に変えたんです。

中西 どのような戦略ですか。

相根 伝統工法だけどモダンでシンプルなものに発想を変えて、アーティストやデザイナーとコラボレーションして、数の論理で動いていくような大きなマーケットに乗り込んでいくという方針に変えたのです。新築で年間一万軒建てると業界でも5番以内に入りますから、それを目標にしていけば、同時に全国の森林が守れるのです。

そこに国際認証制度のようなシステムをつくって運営していく。商品開発とか大学との共同研究もいくつか進めていますが、我々の建物の質を客観的に評価できるような仕掛けにするのです。デザインもいい、質もいい、学問的裏付けもあるというものにしていきます。

中西 国内産の木材100パーセントですね。私たち素人の常識ですと300年もつ家屋だと樹齢300年の木材が必要だと思うのですが…。

相根 それはないです。石川県の500年ぐらいの民家を調べてみても100年生、200年生ですから。また法隆寺も1000年生の木材ばかりを使っているわけではありません。木材をよく乾燥しておけば腐朽菌が繁殖しないのです。われわれのエコ住宅は壁の中も乾燥していますから呼吸している生きてる建物なんです。

中西 壁は何を使っているんですか。

相根 内壁も外壁もすべて安全な自然の素材だけです。室内は水蒸気でいっぱいですが、この内壁ですと建材が水分を吸ってくれてしかも外側に乾燥領域をつくっているのでどんどん外側へ流れ、しかも室内が乾燥してくれば吸った水分を吐き出してくれるので自然の湿度調節機能をもっているということになります。だから昔の日本の民家のように夏涼しくて冬暖かい…。

中西 するとエネルギー消費量は少なくなりますね。

相根 薪ストーブ一台でも部屋の隅々まで暖かくなりますからCO2削減に貢献できます。あと2、3年で80パーセント削減できます。これは画期的なことです。最近部屋に電球一つにコンセント一つの家をつくったのです。中に入ると心地よいんです。電磁波を測定したら全然出ていませんでした。今は電気の使いすぎなんです。

中西 法隆寺の真下に炭が埋められていたといいますが、エコ住宅にもそのような工夫があるのですか。

相根 今、地磁場が狂っているので、それを調整することはしています。炭で電極をつくりイオンを集めて地磁場のデコボコを調整するのです。

中西 快適な空間「イヤシロチ」にしているのですね。

相根 そうですね。基本的に余分なことはしないのです。病気だったらエネルギーをたくさん集める。健康ならばほどほどに。そういう意味で私たちがやっていることは普通にすることなのです。人間はもともと病気だったわけではありませんから、病気になったら元に戻すだけなのです。

エコビレッジはワンネスの世界

中西 エコビレッジのプロジェクトは進んでいるのですか。

相根 岩手と宮城の県境にある栗駒高原では進んでいて、山口県では用地の確保までいっています。始めたばかりですが今は実践する時代ですから、日本の森林を守っていくためにも成功させたいと思っています。

中西 そこはどんな生活なのですか。

相根 我々のエコ住宅の工場で働いてもいいですし、山菜を加工してもいい。自分でつくった農産物を販売してもいい。特技があればそれを生かすのもいい。いろいろな人のいろいろな暮らしがあります。食とエネルギーを自給する生活ですから医食住の心配はありませんし、スピリチュアルで調和の取れたワンネスの世界ですね。

インドでバガヴァンにそのプロジェクトの話をしたら「すごくいい仕事をしている」といっていただきました。それが縁でインドの伝統工法のバストューの建築士を紹介してくれることになったのです。私としてはそこから日本神道の伝統工法につなげたいのです。この技術は1000年ぐらい前に途絶えてしまっているので、なんとか神とつながって紐解(ひもと)いてみたいのです。

中西 やることがたくさんありますね。しかし今は日本の森林が生き残れるかどうかの正念場ですから、建築分野で発信してください。今日はありがとうございました。

「いやしの村だより」2008年6月号掲載

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