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前田真吹さん×中西研二『平和のためにできることはすべてやりたいこの手と足と体を使って…』

今年の8月15日で日本は戦争を終結して65年目になります。戦争を知らない世代が増えていき、次第に戦争というものが歴史の1ページになりつつあるこの時代に、フリーカメラマンの前田真吹さんは戦争の真実の声を記録に残そうと一本の映画を撮られています。その映画は『魔法の9(ナイン)』。この映画を通して伝えたかった思いは決して過去だけを語るものではありませんでした。

平和のためにできることはすべてやりたいこの手と足と体を使って…

前田真吹さん×中西研二

前田真吹(まえだ・しぶき)●1973年生まれ。2003年、知人の自主映画の撮影を手伝いアフガニスタンに初渡航。現地の過酷な現状にショックを受け、井戸掘り支援等に、再訪する。以後、さまざまな海外取材 を通して、日本が真の平和を築くことが大切なのだ、と痛感 。現在は、「日本の戦争体験者と、現代の若者をつなぐ」ことのできる、映画「魔法の9(ナイン)」を、製作中。
ブログhttp://mahou9.blogspot.com/

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。ヒーラー。ワンネストレーナー。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来17年間で20万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。

もう一度、本当の9条を体現できる国に!

中西 前田さんは、憲法9条に関する『魔法の9(ナイン)』という映画をお作りになっていますが、製作のきっかけはどのようなものだったんですか?

前田 『魔法の9(ナイン)』では日本の戦争を体験された方々の話を実際に聞いて、当時の戦争の様子、体験の生の声を記録させていただいています。

でも、戦争について真剣に考え始めたきっかけは2003年に行ったアフガニスタンでの体験でした。それまで平和な日本でのんきに暮らしていたので、戦争についてあまり知りませんでした。アフガンには映画製作のカメラマンとして赴いたのですが、すべてが衝撃でした。

長年の戦争で国が本当に廃れてしまっているんです。飲む水も濁っている、その日の食べ物もままならない、避難民テントの中は絨毯(じゅうたん)のほか何もないようなところで家族が支えあって生きているのです。そして戦争はまだ終わっていないわけですよ。

10日間ほどで撮影は終わって、もやもやする気持ちのまま成田空港に着いた瞬間、うわー! まぶしい! って感じたんです。その途端、「今まで自分には何もできないって思っていたけど、この国におったら、自分にも絶対なんかできることがある」という感情が湧いてきたんですね。

それで募金を募って、実際現地に行き、井戸を掘る支援や学校支援をさせていただきました。そのうちにアフガニスタンの状況がどんどん悪化していき、特に外国人女性は、文化の相違から、現地で目だつ傾向にあり、誘拐・拉致事件に巻き込まれる可能性も大きく、直接アフガンに行って何かするということが困難になってしまったんです。それで日本にいて、何かできることを・・・といろいろ模索したのです。ところが戦争や政治についていろいろ調べていけばいくほど苦しくなってくるんですね。

アメリカの9・11同時多発テロによる報復爆撃が飢えに苦しんでいるアフガニスタンを容赦なく襲いましたよね。それに対し、日本は洋上給油という形で支援しているんですよ。私たちの税金でなんで彼らを殺す手伝いをしなくてはいけないのか、と思うと苦しくて、なにもできない自分が情けなくて・・・。

そんな思いでいるときに、地元の高松で戦争体験者の方々に出会ったんですね。高松空襲の日に爆弾が落ちたルートをみんなで行列しながら回り、当時の体験をスピーカーで話すという平和活動をされているのです。そこに行き当たったとき、すごいショックを受けました。「わっ!ここにもすべてを無くしたアフガンの子どもたちと同じ思いをした人たちがいっぱいいた!」と思って。自分を恥ずかしく思いました。まったく足元が見えてなかったんじゃないかって。

彼らと話をしていくうちに、憲法第9条が改正される可能性があるということを知ったんですね。今までずっとアメリカの手助けをしてきたのに、さらにその歯止めがなくなってしまう。それは止めなあかん・・・というところからこの映画制作は始まったんですよ。

 

国民投票は、9条を自分たちの手に取り戻すチャンスでもある

中西 なるほど。今まで何度も9条を見直そうとする動きがあったけれど、確かにお話にあったように現在、9条改正が現実化する法案が通ったんですよね。

前田 憲法改正国民投票法ですね。ちょうど今日(5月18日)から施行されました。

中西 これで過半数が憲法改正を支持すると改正になってしまうわけでしょ? そんな重要な法律なのにあまり知られてませんよね?

前田 マスコミで全然取り上げられないんです。今朝も施行されるのでニュースをチェックしましたけどほとんど取り上げられていませんでした。だからほとんどの国民が知らない状態なんじゃないですか?

なのに、ここが怖いところなんですが、過半数というのは国民の過半数ではなく、投票者の過半数なんです。例えば投票する人が5人しかいなかったらそのうち3人が「変える」と投票したら通ってしまうんですよ。

中西 えー! それじゃあ全国民の数%の意見で憲法が変えられるってことですよね? なんとも怖い話ですね・・・。

前田 だけど私はこれをチャンスだと捉えているんですよ。

中西 どういうふうに?

前田 今まで戦争体験者の方にお話を伺っていると9条について皆さんすごく喜んでいらっしゃるんですよね。「9条ができたときは本当に嬉しかった。もう二度と戦争をしなくていいんだ」と、みんなそう言うんですよ。だけどその9条を調べれば調べるほど穴があるんですよね。

例えば日本にある米軍の基地がアメリカの戦争のほぼ主流を担っていたり、米軍の軍事費にもかなり援助しています。それはアフガニスタンにいる何の罪もない子どもたちが家も食べ物もなく、死に続けていく現状を支援していることでもあるんです。

せっかく世界でも賞賛されている9条を持っていながら全然生かしていないじゃないか、という思いが湧いてきたんですよ。だったらもう一度自分たちの手で本当に憲法第9条を体現できる国になるように投票で選ぼうではないかと。そのチャンスだと思ったのです。

 

アフガンの子どもたちに、辛いときこそ笑えばいい…と教えられる

中西 実際に体験者の話をうかがう難しさ、などはありましたか?

前田 やはり辛い体験を話すことは本人にとっても苦痛なんだと思います。特に「若い人に言ってもわかってもらえないから」というのは本当によく聞いた言葉です。「若い人が聞かないから私は話すのをやめた」そこにまず心の深い傷を見ます。

中西 私も原爆体験者の方に「生き残ってどんな気持ちをお持ちなんですか?」とお聞きしたことがあります。するとこう言うんですよ。

過酷な状況の中でも、みんなでいつも笑っていたアフガニスタンの子どもたち

過酷な状況の中でも、みんなでいつも笑っていたアフガニスタンの子どもたち

「たくさんの人たちが目の前で亡くなっていった。川を流されていく人たち、焼きただれている人たち、みんな『助けてくれ』って言うんです。それを見ながら自分は何もしてあげれなかった。ただ見ていることしかできなかった。そのことが今だに思い出される」

と。これはすごい話だなって思ったんですよ。「助かってよかった」ではないんですよね。たくさんの人が死んでいく中で何もしてあげれなかったという思いが胸を突いてくる・・・。これは本当に体験した人じゃないとわからない言葉だなぁって・・・。

前田さんもアフガニスタンに行って現地の子どもたちと触れ合ってきたわけですが、実際、体験しないとわからなかったことなどありましたか?

前田 それはもうありました! 子どもたちのことを「師匠やわ〜」って思いました(笑)。こんなところで師匠に会うとは思いませんでしたね。

本当になんにも無いところなんですよ。水も濁っていて、今夜の食べ物もない。生きていくのにとてつもなく過酷な場所なのに、小さい子どもがニカーッてすごい笑顔で笑っているんですよ。

当時、現地で外国人は珍しく、キャッキャッと嬉しそうに近づいてくるんです。その刹那を喜んでいるんです。なんで笑えるんだろう?って私はもうショックで・・・。

自分が子どもで、この環境に放り出されたらこんなふうに笑えるだろうかと思ったとき、あきらかに私とこの子たちは違う、と感じたんですね。こんなふうに笑えない。その瞬間「すごい!」って思いました。

それから本当に辛いときこそ笑えばいいんだっていうことがわかって、それから自分の人生が変わっていきましたね。

だから井戸を掘ろうと思ったり、映画を撮ろうとしているその原動力は彼らへの恩返しの延長なんです。

中西 アフガニスタンの子どもたちに人生の師を見つけたのですね。

 

「家族を守る」、それが戦争をしてはならない原点

中西 いまの若い子はみんな戦争を知らないから「戦争なんておこらない」というふうに考えている人が多いですよね。だからこういう形で戦争というものの真実を伝えていく意義は大いにありますよ。

前田 日本の憲法改正の問題、戦争への加担・・・そういうことをすべて触媒として私たちが問われていると思うんですよね。アフガニスタンの子どもたちが死んでいくことも私自身の責任だと感じています。

中西 わー! それは素敵なことですね!

前田 アフガニスタンに行って謝ったんです。「すみませんでした。日本は戦争を止められませんでした」と。でもそんなことは無意味だったんですね。

過酷な状況の中でも、みんなでいつも笑っていたアフガニスタンの子どもたち

彼らは、まず、家族がその日の糧を得る事が最重要事項、という状況を生きておられました。そんな状況で、私の口先だけの謝罪は、彼らの未来を1ミリも救いはしないのだ、と気づかせていただきました。

それで、具体的なアクションに、行動を移しました。井戸掘りの井の字も知らなかったのですが動き出したら、多くの方が、助けて下さり、実現しました。

戦争は、大きな問題だから・・・と偉い人や他人をあてにするのではなく「感じた自分が動く」ことの大切さを学ばせていただきました。

中西 そういうふうに思って、それを実行することは本当にすごいことだと思います。でも大きな流れを作っているのは一人ひとりの思いと行動。すべてのことは他人事じゃないんですね。

前田 本当にその通りだと思います。沖縄の基地問題だって日本国民全員が「撤退」と言ったら、アメリカの意思にそむいて撤退せざるを得ないでしょう。

どんな巨大な組織でも超人でも弾圧することはできません。そういうふうに思うんです。これは中西さんのおっしゃる「ワンネス」ですよね?

中西 そういうことです。誰かがよくて、誰かが悪いのではなく、すべては「私」が作るということですね。

前田 だからできることはすべてやりたいんです。この手と足と体をすべて使って。

中西 素晴らしいことですね。混沌とするいまの世の中で、前田さんの「思い」は必ず開花して世界を本当の平和へ導く流れのひとつになると思いますよ。

今日はお忙しい中ありがとうございました。

(合掌)

「いやしの村だより」2010年8月号掲載

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