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船戸崇史氏×中西研二『終末医療を在宅ターミナルケアでサポートする「ありがとう、また逢おうね」』

9割の人が病院で死ぬという現状の中で、「幸せな気持ちでこの世を去ってもらいたい」と末期の患者さんをサポートする船戸医師。岐阜県養老市のクリニックには、病気で苦しむ患者さんに癒しと安らぎを…とさまざまな工夫が施されています。「お一人お一人の魂の昇天は、この世から宝物が一つ一つ失われていくようです」と語る言葉の中には、人間の尊厳を大切にする優しい医師の姿がうかがわれます。

終末医療を在宅ターミナルケアでサポートする「ありがとう、また逢おうね」

船戸崇史氏×中西研二

船戸崇史(ふなと・たかし)●1959年(昭和34年)岐阜県生まれ。 愛知医科大学医学部卒業後、外科医に憧れ岐阜大学第1外科に入局し、西美濃厚生病院、羽島市民病院、市立美濃病院、町立木曽川病院などで、外科の技術を習得する。専門は消化器腫瘍外科。 また、在宅で最後を看取るお手伝いができたらと1994年(平成6年)に岐阜県養老町に開業。以来、西洋医学に東洋医学、ホリスティック医学を取り入れて診療を行う。特に在宅医療に力を注ぎ、在宅での看取りも増えている。趣味は妻との温泉旅行。合気道6段。

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。ヒーラー。ワンネストレーナー。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来19年間で20万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。2012年2月には、日本人のワンネスメディテーター6名のうちの一人に選ばれ、以降ますます精力的に活動している。著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。

最期の「ありがとう」ですべてOK

中西 私の子どもの頃は病気になると往診してくれたものですが、最近は高熱でも病院まで行かなければ診てもらえない。その中で先生は積極的に在宅医療を推進されていますね。

船戸 本来、病人のところへ医者が行くのは当たり前の話です。でも医療が高度化し機械も巨大化してくると、医療者が構えてしまって、「どうぞ病院へ来てください」ということになってしまったのです。

『また逢おう』著者/船戸崇史 発行/岐阜新聞社
『また逢おう』著者/船戸崇史 発行/岐阜新聞社

中西 船戸先生の『また逢おう』という本を読ませていただきました。先生が患者さんの立場に立っていらっしゃることが、よくわかります。

船戸 あれは決して特別なことではなく、日頃の在宅医療の中での体験を自分のものだけにしていてはいけないのでは、という思いから書いたものなのです。

今はターミナルケアが中心で、老年症候群などの比較的症状の安定した方のためにやっています。よくプロセスが大事と言いますが、「終わりよければすべてよし」というのもありますね。最期に「ありがとう」といって亡くなっていかれると、それですべてOKですから、そのサポートができればという思いでやっています。

中西 そういう考え方をされるお医者さんが本当に少ないですね。

船戸 今の医学界は医学者を養成していますから…。医者と医学者の違いは対象が人間か非人間かの違いだと思います。医学者は動物実験や研究がテーマで、記憶力と計算力の優秀なのが医者になりますから、コミュニケーションが下手で…。でも、彼らは病気には関心が高いです。そのため医学が進歩・発展したということは言えますが、患者さんはそんなことを求めていないのです。医者と人間らしい会話をすすめていく中で「大丈夫だからね」と言われれば、患者さんが自分で勝手に治ってくれるのです。私自身もすごく傲慢でした。専門が外科ですから、特に手術で切って治ったりすると「オレが治したんだ」と。患者さんのしたいことをサポートするのが医者の役割と気づくのに、10年ぐらいかかりましたね。ところで中西さんのヒーリングは、どういうものですか。

中西 もう20年以上前になりますが、その頃私自身ヒーリングというものを知らなかったのです。夢の中で技術を教えられ強制されるようにしてある方に使ってみたました。その方はすでに寝たきり状態で、見るからに余命一週間というような感じでした。私はその方に手かざしのようなことをしたのです。すると顔全体から黒い液体がダ〜と流れ出て全身が真っ黒になりました。次の瞬間にパタッと倒れてしまって…。ところが翌日一人でトイレに行けるようになったと電話があったのです。それからメキメキと回復されたのです。でも2年ぐらいたって再発した時はあっという間に亡くなりました。

船戸 楽であった時間が長くなったのですね。すごいことですよ。

 

与えられた体験で気づきを得る

中西 私は今、五次元ヒーリングをやっています。この世界では人は亡くなるということになっていますね。でも本当は人は死なないのです。実はこの見える世界がニセ物(虚構)で、この世界で見える物はすべて意識が作り出したものです。ここでは体験ゲームをやっているだけなのに、はまり込んでしまうと、この世界が本物と思い込んでしまい、帰っていくところがないという、不安を抱えるのです。私たち人間は、体験のためにやってきた多次元の存在です。肉体は三次元、それを見ている意識は四次元、さらにその奥に魂という、より高次元の意識があるわけです。その高次元の意識から見れば三次元で起きていることなど簡単です。ただし、よくなることには意味はないわけです。起きていることを味わい、与えられた体験から気づきを得るわけですから。

船戸 そうすると、ガンを抱えるということはその人の生きるテーマであって、第三者の私が干渉するということには、非常に注意が必要ですね。

中西 そうですね。もともとこの世は空想の世界ですから、私たちにとって本当に必要な物など何もありません。ただ、この世で体験することはいっぱいありますよ。玩具は精巧なほど面白いですからね。痛みがあったり悲しみがあったり…。映画だって始めから終わりまで幸せだけの映画だったら面白くないでしょう。その中に山あり谷ありで、そういう中で気づいていくのですから。

『また逢おう』著者/船戸崇史 発行/岐阜新聞社
クリニックに併設されたレストランで対談。自然食の優しい味に「おいしい!」とケビン

船戸 そうすると病気を楽しんでいる人を治したらいけないのですね。

中西 そうですね。そういう人は、「私、病気ですよ」と訴えているのです。認められたい、褒められたい、許されたい、愛されたい…と。「どうかもっと大事にして…」と訴えているのです。

船戸 よくわかります。全く共感します。そういう人にとって、病気は必要なものなのですね。

中西 先生は、大往生という言葉をよく使っていらっしゃいますね。

船戸 人が亡くなると、「こうしてあげればよかった」などと後悔しますが、私は「終わりよければすべてよし」と思っているので、残された人たちに「よくやった。大往生だったよ」と言うことにしているのです。そうすると、ちょっぴり後悔した後ですからほっとするのでしょうね。みなさんに納得していただけるようなのです。

中西 先生はやっぱり普通のお医者さんとは違うね(笑)。

船戸 私は医者である前に人間でありたいと思っているだけです。

中西 お医者さんはたいてい「力及ばず残念でした」と言い訳めいたことを言いますね。でも心は次の患者さんの方を向いて、本心で謝っているわけではない。そんなとき「大往生」なんて言われたらうれしいですね。残された人はその言葉を待っているわけですから。

船戸 中西さんは、死後の世界にも行かれるのですか。

中西 誰でもすぐに行けますよ(笑)。時間というのは、私たちが作り出した錯覚の典型なので、本当は時間なんてまったくないのです。如来如去、あの世から来てまたあの世へ帰る、すべての出来事は一瞬のことで、まるで停止しているかのようなスピードの中に詰め込まれています。それを長く見せたり短く見せたりと、すべてのものを意識によって見せているだけのことです。だからこの場面は失敗したからといってやり直し、何度も同じことを繰り返すのです。うまくいったと思えば、次にその後の展開を楽しむわけです。これを輪廻転生とかパラレルワールドなどと言っていますが。

船戸 そういう世界に意図的に行けるものなら、ぜひ教えてください(笑)。

中西 できますよ。ただ3次元にとらわれていると駄目ですね。一つは五感(味わう、見る、嗅ぐ、触れる、聞く)にとらわれないこと。五感は3次元の道具だということに気づくことです。二つ目は肉体が本当の自分でないことに気づくことです。三つ目は体験したことはすべて単なるゲームだと気づくことです。このようなことをクリアしていくと、あらゆる問題に対して常に冷静でいられるようになります。

船戸 すると中西さんにとって、イライラとかムカッとするというのは、およそ遠い感情ですか。

中西 3次元にいれば普通に起きますよ。肉体は「行」ですから。でもだんだんそっちが主体になってくるわけです。

船戸 医療も、たぶんそちらへ向かうべきではないかと思いますね。そうすると病気は治すのではなく、治療が必要でない次元に行くのでしょうね。

 

在宅医療は魂のケアの場

中西 西洋医学の先生を前にして恐縮ですが、5次元的発想で言えば、薬は基本的に必要ないですね。「毒をもって毒を制す」と言いますが、使えば使うほど体の機能が狂ってきます。病気の本当の原因はとらわれ、こだわりですから。悲しみ、苦しみ、悔しさなどさまざまな感情が血液を固めて病気になるわけです。例えば、弟をずっと恨んでいて再生不良性貧血で入院した男性は、実は父親の愛情を求めていたのです。このことを指摘してあげると、それまでのわだかまりがすべて解けて病気が好転しました。固まった感情を取り除いて病気が好転した例はいくらでもあります。

船戸 確かに「治す」という行為が患者さんの希望するものならば、西洋医学は体系的に応えていると思います。でも死を覚悟した患者さんが在宅末期ケアをしている現場においてさえ、西洋医学は「治す」方法しか提案できないのです。しかし、本来の在宅医療の現場は、本当にその人自身が自分と向き合って、家族とのつながりを再確認するという魂のケアの場であるべきものなのですね。

中西 そうですね。今、地球が大きな節目にきて、病院に来られる患者さんの内容も変わってきていると思います。今までの「治す」ということの本質は何なのか、先生の取り組みにこれからも期待しています。

船戸 私もいろいろな病気で苦しんでおられる方々に、どんな方法であれ気づきのチャンスがあればと願いつつ、治療させていただいています。

中西 今日はお忙しい中、ありがとうございました。

(合掌)

「いやしの村だより」2012年10月号掲載

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