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対談:ロッキー田中氏×中西研二『富士山は「志」であり、「お陰さま」で成り立っている』

富士山が世界文化遺産に登録され、日本ではにわかに「富士山ブーム」が再燃しています。多くの人の心を掴む富士山を「ときめき」という言葉で表現し、富士山の持つエネルギーを写真を通して人々に伝えている写真家のロッキー田中氏は、この過熱ぶりをどう見ているのでしょうか。日本人を魅了する富士山を独自の視点で分析する氏は、さらなる富士山の魅力を私たちに再発見させてくれます。

富士山は「志」であり、「お陰さま」で成り立っている

ロッキー田中氏×中西研二

ロッキー田中●雄大かつ繊細な描写には時の流れも写り、現代の北斎とも称される富士山の写真家。富士山を世界文化遺産にする活動や、Yokoso Japan キャンペーンでも特集されて日本観光の顔になるなど、活躍の場が世界に広がっている。平成15年に「天空に舞う」で文部科学大臣賞。作品は幸運を呼ぶ富士山として知られる。東京都品川区に「ときめきの富士アートサロン」を開設。心豊かな人々が集う、現代富士山名所となっている。富士山の呼ぶ声を聞き、生涯に99作の誰も見たことのない「ときめきの富士」を世に出し歴史に残すことに夢を託す。幻想、叙情に溢れた独特の情景描写は「プレジデント」「フォーブス」「致知」「日本の美 富士」に特集されている。ときめきの富士映像ライブは97年から50回以上全国で開催され、心豊かな人々に支持されてきた。
2005年3月 NPO富士山を世界遺産にする国民会議(会長:中曽根康弘 元内閣総理大臣)評議委員&223フェローに就任。世界文化遺産申請のための資料として「ときめきの富士」を提供。国際会議をはじめ国内外でアピールに寄与した。

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。ヒーラー。ワンネストレーナー。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来20年間で20万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。2012年2月には、日本人のワンネスメディテーター6名(現在は7名)のうちの一人に選ばれ、以降ますます精力的に活動している。著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。

人の過剰な行動が自然を破壊する

中西 ロッキーさんとは長いお付き合いになりますけど、今回は富士山が世界遺産になりましたから、富士山の写真家として著名なロッキーさんに、改めてお話を伺いたくて…。かつての富士山は汚かったんですよね。

田中 富士山のゴミ騒動が起きてから日本人が大変触発されて、日本中の自然公園がきれいになるという余波がありました。お陰で、基本的に山はどこもとてもきれいになりました。

中西 でも世界遺産になってから登山者が増えていますよね。なにか影響はありますか?

田中 年間5万人くらいが登るなら自然再生能力があるのですが、富士山は毎年30万人を超える人が登り、今年は40万人を超えるだろうと言われています。これだけの人が登ると、あの石と砂の山が壊れてしまいます。

実は、今回世界文化遺産になったのはとても意味があることで、富士山がとても苦しんでいることを知らせるきっかけだと思うのです。

人の過剰な行動で自然が破壊され、そしてそのことを自然が発信するメッセージとして気づき、それを受け止めることができたとき、自然がまた元ある姿に戻っていくことになると思いますけどね。

 

富士山に呼ばれて撮りに行く

中西 写真家として活動を始めて何年になりますか。

田中 17年です。それまでは長年会社員として働いていましたが、40 代も後半に差しかかろうとしているときに、残りの人生は好きなことでかつ人々に喜んでいただける仕事をしたいと思ったのです。

私は営業日本一にもなれました。当時いろいろな会社を回っていると、元気な会社、伸びている会社、明るい社長のいる会社の応接室には必ずと言っていいほど富士山の絵があるのを思い出しました。40代の後半にときめきの富士の写真家を目指して独立した時、「これからは日本中の志ある会社にときめきの富士が飾られる時代が来る」と確信し宣言したのです。

中西 ロッキーさんは、生涯に世に出す作品数を決めているんですよね。

田中 生涯に99作品と決めています。葛飾北斎が『富嶽三十六景』、歌川広重も『富士三十六景』と、36の富士山を表しています。そこで写真だから浮世絵よりも少し多く、私も作品の数を決めたのです。

生涯に世に出すのは究極の富士山の美99作です。自然に対し完成したなんて言えない。だから100作目は永久に未完成、一番好きな写真は明日撮る1枚です。

中西 ロッキーさんのような写真を撮りたいと思う人は多いでしょうね。

田中 写真を始めた当初、富士山の写真を撮る多くの先輩に会って、テクニックを教えていただきました。でも、真髄については皆さん教えてくれないのです。それは門外不出なんですね。私は、今まで培ったノウハウをすべてオープンにしています。いくら技術を真似したところで最終的に写真に表れるのは、撮った人の人生、培った美的感覚ですよね。そうでなかったら人はシャッターを押すだけで、撮るのはカメラになってしまいます。だから、技術は惜しみなくシェアしています。

中西 ロッキーさんの表現する「ときめきの富士」は、どのようなイメージで生まれてくるのですか。

田中 それまで出会った多くの富士山写真家から教わったテクニック、そして私がいままで触れてきた多くの芸術作品との経験が自分の中に蓄積され、それらが土台になっているとは思います。

ただ、はっきりとしたイメージとして、独立する49歳のときにまだ見ぬ富士山の景色、出合いたい景色が突然に見えたのです。

それはあてもなくやみくもに富士山に行って、何枚も何枚も撮ることではなく、心に浮かび上がる一つ一つのイメージの中に、はっきりと四季の変化による色の変化、そしてどの場所、最終的にはピンポイントでどういう光と影の変化が生まれるかということまで明解にわかるというものです。

「ときめきの富士」という写真は、山の麓で何時間も何日間も待って撮るものではなく、いつも富士山が私を呼んでくれるのです。そして、心に描いたシーンが起きる1時間前にそこに立つ。それが私のスタイルになっています。

 

富士山を思うと湧き上がる感情を一言で表すと…

「いのち無限」を置いて、富士山の話が弾む。いやしの村東京事務所にて
「いのち無限」を置いて、富士山の話が弾む。
いやしの村東京事務所にて

中西 「ときめき」という富士山を表す言葉が素敵ですよね。

田中 日本人にとって富士山は特別なんですよね。新幹線で富士山が見えると嬉しいし、飛行機に乗ると富士山を探し、富士山の話題になると盛り上がる。富士山のことになると湧き上がる、この「うれしい」「楽しい」「勇気が出る」「ほっとする」「お陰さまだ」「自分も頑張ろう」などのさまざまな感情を、すべて表すことができる言葉をずっと考えていたのですが、とうとう出てこなかったんです。

そういうときは天にお任せするしかないから、「ご先祖様、私を守ってくれる神様たち。どうか私に富士山を表すぴったりの言葉を与えてください」と言って寝ました。すると夢の中に北斎さんが出てきたのです。そして「おお。わしも見とらん景色を見とるな」などと言ってすっと消えました。

そして目が覚めたときに「ときめき」という言葉が浮かんできて、これだ! と思ったのです。みんなの富士山への思いを「ときめき」という言葉で表現できると思いました。

だから私は世界でただ一人の「ときめきの富士」の写真家になって、生涯に99作の誰も見たことがない富士山の写真を世に出すと決めて、そうなりました。

 

99番目の作品は『いのち無限』

中西 ロッキーさんの写真は、遠くから撮っているのにダイナミックですね。

田中 多くの人が陥るのは望遠レンズを使って富士山を大きく克明に撮る富士山です。一見凄いかもしれない。しかしそんなのは素晴らしくない。部屋に置けば3日で飽きる。

北斎さんの浮世絵にそんなものはないんですよ。人間の視界は平均で55度を見ることができます。浮世絵の富士山はこの視界のすべてを絵にしています。前景、遠景、山並み、そして要の場所に富士山があって中に人々の生活があるという描き方をしているわけでしょう。実は、日本人が一番好きな富士山といったら浮世絵です。それはやはり、富士山の中に自分たちの生活が見てとれるからだと思いますよ。私のスタイルも、浮世絵のようになるべく視界を広げてそのまま受け止めよう、引き寄せるよりは自分が近づこうとしています。

中西 一つ一つに思い入れがあると思いますが、特に思い出のある作品を挙げるとしたら?

99作目の「いのち無限」完全な上下左右対称の菱形と3つの光に包まれている。感謝無限大。全ては結実に満ちている。
99作目の「いのち無限」
完全な上下左右対称の菱形と3つの光に包まれている。感謝無限大。全ては結実に満ちている。

田中 それはやはり、この『いのち無限』ですね。

生涯で99作と決めて現在91作が世に出ましたが、99作品目はすでに出来上がっているのです。それが『いのち無限』です。これは初めから決めてあるのです。

中西 面白いですね!

田中 富士山の究極の姿というのは、会社に辞表を出したそのときに目の前にあったんです。

中西 最初から見えていたんですね。

田中 ええ。本来の「ダイヤモンド富士」とは富士山の頂上に朝日が昇る姿だけではないのです。

この『いのち無限』のように、上の富士山と下の湖に映った逆さ富士によって富士山が菱形=ダイヤモンドの形になっていることが大事なのです。

中西 ああ、なるほど。

田中 この形がダイヤモンド富士。そしてこの『いのち無限』は、上の富士山の光と下の富士山の光、そして水平線の3つの光があるから究極だと言われているのです。

この写真はたくさんの方がお求めくださって、皆さんから「人の輪が広がった」とご報告いただきます。富士山が「この人は前向きだな」と応援してくださっているのだと思っています。

 

富士山の形は「志」を表している

田中 似たような山はたくさんあるのですが、平野の中で360度コニーデ(円柱状)で見えるのは富士山しかないのです。360度どこからでもこの形が見える。

実はこれは「志」を表しているのです。各々一人一人は、人から見られる存在ということです。

そしてその「志」は天につながっています。

しかしこれだけでは「志」は成り立ちません。

富士山の裾は最終的には地球に無限に広がっていきます。これは「お陰さま」なのです。だから「志」は「お陰さま」で成り立っているということです。

それに気づいた人、そして側に富士山を置こうと決めた人にはきっといいことが起きると僕は信じています。意識の対象がそこにあるわけですからね。

 

あげる人はもらう人

中西 最近、ロッキーさんの作品を多くの場所でお見かけしますよ。

田中 そうですか。私の作品を買ってくださる方の大多数は人にあげるために買われていくんですよね。それはすごいなと思うんです。その人たちは生き方の秘訣を知っているんです。あげた人は、もらう人だということを…。

今、「ときめきの富士」の仕事をさせてもらってとても幸せです。でもまだ17年ですから、ひよこです。30年続いて一人前ですから。

中西 多くの人をどんどん幸せにしてください。今日はありがとうございました。

(合掌)

「いやしの村だより」2013年9月号掲載

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