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対談:中山康直氏×中西研二「大麻を生活に活用し、豊かに生きられる時代がすぐそこに…」

戦後、日本ではじめて大麻の栽培の免許を取った中山氏は、日本における麻の第一人者です。まだ今よりも世間の評価が低かった麻と30年向かい合って、「麻のことはまだ知らないことばかり」と言う中山氏のお話しで、麻を通して日本人としての魂の誇りを目覚めさせていただきました。

大麻を生活に活用し、豊かに生きられる時代がすぐそこに…

対談:中山康直氏×中西研二

中山康直(なかやま・やすなお)●中山康直(なかやま・やすなお)●縄文エネルギー研究所所長 民族精神学博士。1964年静岡県生まれ、幼少の頃より大和精神文化の影響を受け継いで育ち、戦後、民間では始めて「大麻取扱者免許」を取得し、環境、伝統文化、歴史民族についての麻の研究をベースに、「縄文エネルギー研究所」を設立して、麻産業のコンサルタントやヘンプ製品の開発業務を行う。様々な講演会、イベント企画、番組プロデュース、企業コンサルタントを通して、誰もが楽しめる社会を提言。現在宇宙、地球、生命という壮大なテーマへの探求と学術、芸術、氣術を統合した実践活動を行っているピースクリエーター。
著書に「麻ことのはなし」「地球維新」「反転の創造空間≪シリウス次元≫への超突入」「アセンションのその先へ 《麻・高周波》でNIPPONから 《世明けのアサ》へ銀河JUMP!」「奇蹟の大麻草 〜人類への贈りもの〜」などがある。

中西研二(なかにし・けんじ)●1948年東京生まれ。NPO法人『JOYヒーリングの会』理事長。有限会社いやしの村東京代表取締役。新聞記者、セールスマンなどさまざまな職業を遍歴の後、1993年に夢の中でヒーリングを伝授され、以来23年間で21万人を超える人々を癒し続けている。また、2004年9月にワンネスユニバーシティでワンネスディクシャという手法を学び、以来、この手法を通して、多くの人々がワンネスの体験を得る手助けをしている。2012年2月には、日本人のワンネスメディテーター6名(現在は8名)のうちの一人に選ばれ、以降ますます精力的に活動している。
長年のヒーリング活動が評価され、2015年に『東久邇宮記念賞』を、同年『東久邇宮文化褒賞』を受賞
著書に『そのまんまでオッケー!』『悟りってなあに?』『あなたはわたし わたしはあなた』(共にVOICE刊)がある。

人間は、まだ麻を使いこなすレベルにない

中西 最近、麻が脚光を浴びてきていまが、まだ「麻は危険」と言う人たちがいることも事実です。今日はそういう現状を踏まえて、麻について教えてください。

中山 確かに危険視する人たちがまだ大勢いますが、そういう人たちは、実際に麻を見たことがなく、ただプロパガンダ的に「麻は麻薬だ」と言っているだけの場合も多々あります。実は、薬理学的に見ても、大麻に中毒性はまったくなく、WHOも公表しています。大麻が安全であるという決定的な理由は、致死量がないことです。砂糖や塩でも一定量以上摂取すると死に至りますが、大麻に関しては、それがないのです。依存性もコーヒーより安全なくらいで、まったくといっていいほど身体にとって問題のないことが証明されています。

中西 そういうことがわかってきたから、世界的に徐々に解放の方向に向かっているのでしょうか。

中山 医療大麻としてアメリカでは約26州、ヨーロッパでもほとんどのところで非犯罪化や解放が始まっています。その点、日本は立ち遅れているといえます。

しかし深く見ていくと、欧米でも医療現場や大麻ビジネス的な解放が始まったに過ぎず、精神性や歴史的な深化まで理解しているわけではなく、国が麻によって平和な社会を実現しようというところまでいっていないのです。そういった意味で根幹的な解放には至っていないのが現状です。

日本で麻を日常的に活用した歴史は古く、1万年以上にさかのぼります。縄文時代から祭祀でお祓いの時の神具に使われたりしていました。

麻は微生物を活発にする作用があるんですね。その作用を活用し、健康のためにかやぶき屋根の下に麻を敷いています。

東北地方は古くから麻の栽培が盛んでした。青森ではご先祖様の衣服を捨てずにパッチワークのようにつないで作った布で生まれたばかりの赤ちゃんをくるんでいました。そうすることでご先祖様の微生物を体に触れさせて予防接種の役目にもなっていたのです。

そのように、日本人は昔から麻の本質を捉えた生活をしていたのです。

現代人が麻の本質を理解していないのは、麻自体に問題があるのではなく、それを扱う人間の心の在り方、社会の仕組みに問題があると思うのです。まだまだ人類は麻を上手に扱えるレベルまでいっていないのかもしれません。車だって便利な道具だけど、場合によっては凶器にもなります。それと同じです。

ビジネスとして解放している欧米の流れに加えて、日本は麻との生活が遺伝子レベルに残っていると思うので、本当の意味での麻の解放のために、日本が最後に一役買うのではないでしょうか。

中西 なるほど。すると麻を使うための精神的な成長が一番望まれますね。

 

行政と一体となって麻栽培

中西 日本での麻の栽培に対する理解の広がりは、実体験としてどうですか?

中山 行政と一体となって麻の栽培をしているとてもいいモデルケースが鳥取県智頭町にあります。麻が禁止される以前は、麻を産業として栽培していた伝統地域でした。そこで麻の栽培の復活に期待が寄せられ、最後は許可のために県知事に掛け合ってくれて、町全体で麻栽培をバックアップするようになったのです。

中西 たまたまそこに越してきた若者の夢が町を変えていったんですね。すごい! それでいまはどんな盛り上がりを見せているのですか?

中山 もう3年たちますが、その間に全国の行政や企業などから視察がきています。もともと限界集落で人口が減る一方だったのに、その様子を目の当たりにして、麻は町に人を呼ぶ植物にもなるし、産業として潤うこともでき、昔からの伝統も復活することができると感じたんですね。町の会報誌でもバックアップしてくれて、非常に行政と一体化したいい例になっています。

 

バイオディーゼル車は震災に強いことを証明

中西 認可においては少しずつ理解されてきているのですね。燃料としての実用化はどうなのでしょうか?

中山 技術的、システム的にはまったく問題ありません。2002年にヘンプカープロジェクトを立ち上げ、バイオディーゼル車で僕自身が運転して日本を縦断し、実用化できる確信を得ました。

東日本大震災のときに、ガソリンスタンドがなくても廃油を集めて動くバイオディーゼル車は災害に強いということを知りました。

北海道を4千キロ走ったときは、そのことを北海道庁に報告しました。そのことがきっかけになって、議会で麻の重要性が話し合われ、麻の栽培許可が得られました。今は広大なスペースで、麻を農作物の一つとして栽培しています。

中西 そうやって既成事実を一つ一つ作っていくことによって、「麻薬」というイメージから農作物や燃料、衣料の原料としての理解が得られるのですね。

中山 そうですね。ただヘンプカー実用化に向けて一番問題なのは麻の種子がないということです。輸入するにはいろいろな規定がありますから、これからは国内で栽培された種子だけを使っていこうという取り組みをしているところです。

中西 まだ全面解禁までには時間がかかりそうですか?

中山 そうですね。実は禁止されている部位は一部なので許可を得られれば栽培できるし、茎と種は出荷もできます。それだけでかなりの工業製品が生まれます。現行法の中でできることから始めようと思っています。

 

放射性物質も光合成で分解する?

中西 もう一つ私が注目していることは、麻を栽培すると放射性物質が減るという話を聞いたのですが、どうなんでしょうか?

中山 チェルノブイリの原発事故のときに、ウクライナの研究所で除染用作物としてひまわりと大麻を栽培していたのです。その結果は、言論統制している時代でしたので公表されていませんが、数ある作物の中でなぜ除染用としてひまわりと麻を栽培したのかということがポイントになると思います。

また、放射線量が高い福島で合法的に麻の栽培をしている方がいます。その畑に行って残留放射性物質を調査したところ、周囲の土には残留しているのに、大麻草にはまったく残留していませんでした。

放射性物質ではありませんが、北海道にある試験場で、麻が重金属を吸い上げるかどうかの実験をしたところがありました。その結果、麻は土中の重金属を吸い上げて光合成で分解していたのです。そのことから、もしかしたら放射性物質も同じように光合成で分解している可能性があります。

また、麻が微生物を活発にすることは古くからわかっていますので、微生物よって除染の方向に向かっているのかもしれません。

いずれにせよ、その作用が解明できれば、もっと広範囲の活用の可能性が広がりますね。

中西 とても興味深いですね。

中山 国内で麻の栽培が復活すると、いままで知らなかった麻のさらなる奥ゆきが見えてくるんですよ。30年、麻の研究に関わってきましたが、知れば知るほど麻の持っている未知の領域に触れることができて、ワクワクすることばかりです。

日本中どこでも誰でも麻の栽培ができるようになれば、自分の手で食料も燃料も衣服も作れるようになります。そういう形で、作る豊かさを体現できる植物は、他にないかと思います。

中西 本当にそうですね。今日はお忙しい中、どうもありがとうございました。

(合掌)

「いやしの村だより」2016年5月号掲載

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